糖尿病治療薬の副作用といえば低血糖。
強力な薬であればあるほど副作用も強く低血糖は起こりやすい。しかしだからといって血糖値が高いまま放置すると網膜症や糖尿病性腎症といった深刻な状況に陥るので血糖降下剤を使わないわけにはいかない。
血糖値をよく下げてなおかつ低血糖が起こりにくい薬があればいいのに・・・
そんな人類の願いによって誕生したのがジャヌビア。
ジャヌビアは世界初のDPP4(ジペプチジルペプチダーゼ-4)阻害薬。
DPP-4阻害薬は多種多様な薬が各製薬会社から発売されているがHbA1cを下げる効果に大きな違いはない。
しかしジャヌビアは日本でDPP-4阻害薬として市場シェアNo1を取っている。なぜなら一番最初にDPP-4阻害薬として発売された薬だから
ブルーオーシャンに飛び込めるとこれだけ大きな利益が得られるという見本のような薬。
日本では同じ成分(シタグリプチン)のグラクティブ錠が併売品として小野薬品工業からも発売されているが主成分のシタグリプチンを開発したのはアメリカの製薬会社メルク
2006年に米国で承認され日本ではその3年後に2009年に承認された。
JANUS(ヤヌス、二つの顔を持つ神)、via(経由)から命名
膵臓で血糖値を下げるインスリンの分泌を促進して
膵臓で血糖値を上げるグルカゴンの分泌を抑制する
ジャヌビアは2つの径路により血糖値をコントロールする。
ヤヌスキナーゼ阻害薬とは関係無い。
Ⅱ型糖尿病
現在はⅡ型糖尿病の第一選択薬としてメトホルミンと並び頻用されているジャヌビアだが2009年承認時点では
「食事療法、運動療法のみで十分な効果が得られない場合、及び食事療法、運動療法に加えて他の経口血糖降下剤(スルホニルウレア剤、チアゾリジン系薬剤、ビグアナイド系薬剤)を使用して十分な効果が得られない場合に限る 」
という条件が付いていた。
今はⅡ型糖尿病であれば最初から服用できる。
ジャヌビアを服用してはいけないのはⅠ型糖尿病。
ジャヌビアは間接的に膵臓に働きかけてインスリンの分泌を促す。
Ⅰ型糖尿病の患者さんはそもそもインスリンが膵臓から出ないのでジャヌビアを服用しても効果がない。Ⅰ型糖尿病の場合は直接インスリン投与が治療に必要となる。最近尿の中に糖を排出するSGLT2阻害薬も使えるようになったがⅡ型に比べて治療の選択肢が少ない。
対象 | 服用方法 | 1日最大量 |
成人 | 1日1回50mg | 100mg |
腎機能障害(中程度) | 1日1回25mg | 50mg |
腎機能障害(重度以上) | 1日1回12.5mg | 25mg |
ジャヌビアは基本的には副作用が少なく2型糖尿病であれば大きな制限もなく使用できる便利な薬。
しかしジャヌビアは腎臓から排泄されるので腎機能が低下している人だとうまく排泄できずにジャヌビア血中濃度が上昇してしまう。
腎機能が正常かどうかはクレアチニンクリアランスや血清クレアチニンという検査値が用いられる。ジャヌビアの場合は製薬会社がきちんと具体的な数字を指定している。
中程度の腎機能障害というのはクレアチニンクリアランスで30から50。
末期の腎不全というのはクレアチニンクリアランスが30未満。
ジャヌビアは基本1日1回50mgを使って腎機能が悪ければ減らす。効果が不十分であれば100ミリまでは増やすといった調節が可能で医師も処方しやすい。それでも腎機能が気になるという人は胆汁排泄型のDPP4阻害薬トラゼンタを使うという選択肢もある。
糖尿病の薬は服用時点を食前や食直後と細かく指定している場合があるがジャヌビアはいつ服用してもいい。
ただ一日一回の薬なので朝飲むのであれば朝。夕方飲むのであれば夕方とか決めて服用を継続する。
飲み忘れに気がついたら気がついた時点で一回分を服用。 次回時点の時間が近ければ一回飛ばして次回から普通に1錠服用する。まとめて二回分を服用しないこと。
食事をすると血糖値が上昇する。そうしてしばらくするとインスリンが膵臓から分泌されて血糖値が下がる。
なぜ血糖値が上昇するとインスリンが分泌されるのか?
そこがジャヌビアの作用点
食事をして血糖値が上昇すると小腸下部のL細胞からインクレチンというホルモンが出てくる。このインクレチンは膵臓に作用してインスリン分泌を促進する。
とても有用なインクレチンだが分泌されて数分で分解されてしまう。半減期は2分。10分もしたらほとんど無くなってしまう。
なぜすぐに無くなるのかと言えばジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)が分解するから。
ではインクレチンを分解するこの物質を邪魔してやればインクレチンは長生きしてインスリン分泌を促進してくれるのではないか?
そういう発想に基づいて開発されたのが DPP 4阻害薬ジャヌビア。
[ジャヌビア(一般名:シタグリプチン]の構造式
食事/運動療法をしても十分な血糖コントロールが得られない 2 型糖尿病患者(363例)を対象に
ジャヌビア 25、50、100、200mg 又はプラセボを 1 日 1 回 12 週間経口投与(朝食前)した。
症例数 | 363人 |
対象疾患 | 2 型糖尿病 |
被験薬 | ジャヌビア 錠(25、50、100、200mg) |
比較対象 | プラセボ |
プラセボとの比較ではHbA1cが-1.0%
治験だとプラセボでも効果を発揮する(してしまう)ことがあるがこの試験ではプラセボでHbA1cが上昇して一層ジャヌビアの効果が鮮明になった。体重の変化は無し。
他の糖尿病治療薬との併用では
併用相手を選ばずに効果を発揮する優等生。単剤でも併用でも少なくともHbA1cを0.7%は下げてくれる。
国内臨床試験
副作用 | 頻度 | |
1位 | 低血糖 | 4.2% |
2位 | 臨床検査値の変動 | 3.7% |
3位 | 便秘 | 1.1% |
全体 | 11.2% |
・低血糖
ジャヌビア単剤とプラセボを比較した場合の低血糖発現率は変わらない。
インクレチンが分泌されていない空腹時にいくらDPP-4を阻害しても作用しない。存在してないものに作用できないし。よってジャヌビアを始めとするDPP-4阻害薬は低血糖を起こしにくい。
ただアマリール等SU剤やインスリン注射を併用していると4%程度低血糖が起こる。この低血糖の発現は単剤ではなく併用において現れたものなので併用薬を調べてみると
併用薬の違いによる低血糖の発現率
併用薬 | 低血糖リスク |
インスリン製剤 | 17. 4% |
ナテグリニド又はミチグリニド | 6. 5% |
グリメピリド | 5. 3% |
ボグリボース | 0. 8% |
ピオグリタゾン | 0. 8% |
メトホルミン | 0. 7% |
やはりインスリンを強力にたたき出す薬の併用はリスクが高い。
インスリン製剤も併用すると低血糖が起こりやすい。
その反面インスリン抵抗性を改善するピオグリタゾン。肝臓で糖新生を抑制するメトホルミンは併用しても低血糖のリスクを上昇させていない。
・食欲の低下
ジャヌビア特有の副作用ではなくGLP-1が胃の排泄速度を低下させ食欲が低下する。
Ⅱ型糖尿病は肥満体型の人も多いので食欲が低下するのはメリットである。
・便秘
便秘が多いが多いと言っても発現率は1%で大抵は酸化マグネシウムで対処できるレベル。
このジャヌビアの便秘だが海外で販売されているメトホルミンとの合剤であるジャヌメットは便秘の副作用発現率がジャヌビア単剤と比較して低い。
これはメトホルミンの副作用である下痢とジャヌビアの便秘が上手く打ち消し合っているから。
そんな相性の良い薬があるなら日本でもその合剤を販売すれば良いんだが日本では臨床試験で有意な結果を出せずに断念したようだ。
メトホルミンは基本的に1日2~3回服用する薬。
ジャヌビアは1日1回服用する薬。
日本での合剤の臨床試験はジャヌビアに合わせて1日1回で試したがメトホルミンを上乗せした効果が現れなかったとのこと。
海外は合剤を1日2回で使用しているらしい。だからメトホルミンの効果が出やすいのか
しかし1日1回服用で済むというのはジャヌビアの大きな利点の一つだし難しいところ
便秘の頻度が1%でなく10%程度あればその副作用を打ち消す利点も合わせて1日2回もありかと思ったけどそこまでではないし。
ジャヌビアはペプチド型のDPP-4阻害薬でありDPPとの結合様式はテネリアに似ている。
ジャヌビアの8割以上が未変化体として尿中や糞中に排泄される。
基本的に腎排泄の薬だが肝臓においてもCYP3A4 に代謝活性が示され、CYP2C8 にも弱いながら代謝活性が認められた。しかし臨床的に注意が必要なレベルではない。なので絶対に一緒に飲んではいけない薬は無い。
最高血中濃度到達時間: 2~5時間
半減期:9. 6~12. 3時間
最高血中濃度に達する時間は25mgで5時間。50mgで2時間とかなり違っているが被験者が6人と少数なので統計的にはそんなに意味を持たない。
半減期がどの用量でも共通しておりおよそ12時間。食事の影響は受けない
併用禁忌:無
絶対に一緒の飲めない薬は存在しない。ジャヌビア単剤でHbA1cがコントロールできる人は少数派なので糖尿病薬を併用することが多い。
併用注意
区分 | 代表的な薬 | リスク | 機序 |
糖尿病治療薬 | アマリール | 低血糖リスク↑ | 血糖降下効果の増強 |
インスリン | ランタス | 低血糖リスク↑ | 血糖降下効果の増強 |
β-遮断薬 | アーチスト | 低血糖リスク↑ | グリコーゲン分解阻害 |
サリチル酸剤 | アスピリン | 低血糖リスク↑ | 血中たん白との競合的結合抑制 |
MAO阻害薬 | エフピー | 低血糖リスク↑ | 糖新生抑制 |
アドレナリン | ボスミン | 血糖降下作用の減弱 | 肝臓での糖新生促進 |
副腎皮質ホルモン | コートリル | 血糖降下作用の減弱 | 肝臓での糖新生促進 |
甲状腺ホルモン | チラーヂン | 血糖降下作用の減弱 | 肝臓での糖新生促進 |
特別ジャヌビアがどうこうという薬は無く血糖値を下げる薬であれば常識的に気を配るものがリストに上がっている。
糖尿病治療中に医師が最も心配するのは高血糖ではなく低血糖。アスピリンは市販の風邪薬にも含まれているのでジャヌビアを服用中に風邪薬を併用してしまい思いがけず過度の低血糖状態になる可能性があるので注意したい。
低血糖が起きた場合は速やかに単糖であるブドウ糖を服用するべし。ブドウ糖はドラッグストアでも売っている。
オーストラリア分類:B3
制限された人数だけの妊婦や妊娠可能年齢の女性によって服用されており、それによって先天奇形の発症率の上昇や、そのほかの直接・間接の有害作用が確認されていない薬物。動物実験では胎児傷害の増加が確認されているが、臨床的なその重要性は不明確である。
ジャヌビアはこれまで胎児の催奇形性は認められていない。
しかし安全が確認されているわけでもない。日本の添付文章でもメリットがデメリットが上回る時だけ服用しなさいと書いている。
薬が効きすぎて低血糖状態に陥ると母体と胎児ともに危険だが高血糖状態でもリスクが高い。
妊娠中の高血糖治療はインスリン治療が基本となる。インスリンは確実な効果が見込めリスクも低く安心して使える。
売上58.9億ドル(約6300億円)
米メルク社売上に占める割合 14.6%
メルクの2017年の売上高は401憶ドルなのでジャヌビアがメルク社の売上に占める割合は14.6%
(注・シタグリプチン製剤は海外だと単剤としてのジャヌビアとメトホルミンとの合剤であるジャヌメットがある。この58.9億ドルの売上げはその二つを合計したもの)
シタグリプチン10年間の売上推移
ジャヌビア一つの売上で日本国内の中堅製薬会社の年間売上を超える。
6300億円はエーザイの2017年売上5400億円を上回る。
ジャヌビアとジャヌメットの売上比較
合剤だけを見ても2000億円売れている。
米メルクは過去10年、このジャヌビアと高脂血症治療薬ゼチーアで毎年1兆円を売り上げていた。
今は抗ガン剤キイトルーダが絶好調なメルクだがこれまでの10年間を支えていた柱はこのジャヌビア