【企業分析】 エフ・ホフマン・ラ・ロシュ:ジェネンテックと共に生きる

 

スイスには2つの製薬会社がある。ロシュとノバルティス。2つとも時価総額で20兆円を超え日本最大のトヨタ自動車を上回っている(2018年9月1日時点)

 

その2つの製薬会社のうちの一つがロシュ。2017年には医療用医薬品の売上で世界一となった。

世界中で使われている安定剤ベンゾジアゼピン系の元となるクロルジアゼポキシドとジアゼパムを開発したのがこの会社。

バルビツール酸より安全性が高いベンゾジアゼピン系睡眠薬は発売されて以来半世紀にわたり人類に安らかな睡眠をもたらしロシュには莫大な利益をもたらした。

 

そしてもう一つロシュを語る上で外せないのはバイオテクノロジー企業ジェネンテックの買収。今のロシュの成功はこの買収が無ければあり得ない。2017年ロシュの売上トップ上位4であるリツキサン、アバスチン、ハーセプチン、パージェタは全てジェネンテックが開発した薬であり売上5位のアクテムラは日本の中外製薬と大阪大学が発見したアクテムラ。

 

企業データ(2017年データ)

企業名:Roche Holding

ティッカー:ROG

創業:1896年

CEO: Severin Schwan

従業員数:93,734人

本社拠点:バーゼル

 

売上:532億CHF

研究開発費:103億CHF

営業利益:129億CHF(営業利益率24.2%)

純利益:86億CHF(純利益率16.1%)

配当支払額:71億CHF

 

 

日本の武田薬品工業と比較すると研究開発費は3倍、純利益は4倍以上と圧倒的な差がある。シャイアーを買収した後でもロシュには遠く及ばない。

 

 

 

ロシュの歴史

1896年:フリッツ・ホフマン・ラ・ロシュが28歳でスイスのバーゼルに製薬会社を設立。

「ロシュ」は妻の旧姓、家族はそれまで絹の商売をしていたがフリッツが創業する時に援助した。

 

 

1898年:オレンジ味の咳止めシロップSilorinを販売

 

1904年:ジギタリス製剤Digalenを開発

 

1909年:アルカロイド系鎮痛薬Pantoponを開発

1914年:第一次世界大戦が起こりドイツのグレンザッハ工場喪失

1917年:ロシア革命により債権100万スイスフランを失い為替の変動でも大きな損失

1920年:創業者フリッツが腎臓病で死去

1924年:日本ロシュの前身であるエヌ・エス・ワイが設立

1929年:米国に工場を作りその結果ビタミン剤の大量生産が可能となる

1933年:ビタミンCの合成に成功

 

1934年:初の人工ビタミンC製剤Redoxonを販売 現在はバイエルが販売している。

1945年:化粧品会社パンテーン(現P&Gブランド)を設立

1946年:ビタミンAの合成に成功

1956年:最初のベンゾジアゼピン系の薬クロルジアゼポキシドがスターンバック博士によって発見

1960年:初のベンゾジアゼピン系であるリブリウム(一般名:クロルジアゼポキシド)を発売

ベンゾジアゼピン系薬は以後半世紀に渡り睡眠薬・安定剤の王者として君臨。

 

1962年:抗がん剤フルオロウラシルを開発

1963年:全米大ヒットの精神安定剤ヴァリウム(一般名:ジアゼパム)を発売

 

1967年:鎌倉に工場を建設

1968年:ロシュが診断市場に参入する。

1973年:この年のロシュの売上12億ドルのうち5億ドルがヴァリウムとリブリウム

1974年:パーキンソン病治療薬マドパーが革新的な薬としてガリアン賞を受賞

1966年:中間型作用型睡眠薬ベンザリン(一般名:ニトラゼパム)を販売

1974年:精神安定剤のレキソタン(一般名:ブロマゼパム)を販売

 

1975年:中間型作用型睡眠薬ロヒプノール(一般名:フルニトラゼパム)を販売

1976年:ジェネンテックがサンフランシスコで創業

1980年:抗てんかん薬リボトリールを開発

1982年:抗生物質ロセフィンを発見

1987年:ベンゾジアゼピン過剰摂取時の拮抗薬フルマゼニルも開発

1990年:ロシュホールディングスと持ち株会社となる。ジェネンテックの過半数の株式を購入

1991年:PCR法の権利をCetus corporationから購入

1994年:Syntex corporationを買収

1995年:HIV治療薬で世界初プロテアーゼ阻害剤サキナビルを開発しHIV年間死亡者を半減させる

1996年:インフルエンザ治療薬タミフルの販売権をギリアドサイエンシズから購入

1997年:臨床診断薬の大手ベーリンガー・マンハイム・グループを傘下に

1997年:リンパ腫の治療薬としてリツキサンが米国で承認

1998年:乳癌治療薬としてハーセプチンが米国で承認

2002年:中外製薬がロシュグループ傘下へ

2004年:転移性結腸・直腸癌の治療薬としてアバスチンが米国で承認

2006年:日本発のIL-6阻害薬アクテムラ発売

2009年:ジェネンテックを468億ドルで完全子会社化

2016年:非小細胞肺癌治療薬として免疫チェックポイント阻害薬テセントリク発売

 

 

売上と利益

売上

もうリツキサンを始めとする抗体医薬品の特許が切れる。逆に言うとそんな前から抗体医薬品を開発・販売していた。日本の製薬会社がゾロ新低分子化合物のPPIやARBの開発に成功して喜んでいた時にロシュは生物学的製剤の開発に全力を注いでいた。

 

 

営業利益

 

 

純利益

純利益1兆円

 

製薬部門と診断部門

ロシュは以前香料部門や化粧品部門を持っていたが現在はシンプルに製薬と診断の2つ

 

製薬部門の売上詳細

現状治せない病気を治す。それが製薬会社の使命。ロシュはまだ人類が克服できていない癌領域に注力していく。

 

 

製薬部門の地域別売上

昔からロシュは米国での事業に熱心。スイス企業だが売上の半分は米国

 

診断部門の地域別売上

診断部門は積極的に買収をしている。直接売上に貢献するというよりはロシュが既に持っている検査技術に無いものを補完する技術を得るための買収が目立つ。

 

 

売上トップ5(2017年)

 

1位:リツキサン 【73億ドル】

リンパ腫治療薬:R-CHOP療法で生存率アップ

 

 

2位:ハーセプチン 【70億ドル】

乳がんと胃ガンに発現しているHER2タンパクを標的とした分子標的薬

 

 

3位:アバスチン 【66億ドル】

癌の血管新生を阻害する抗VEGF作用を有する。高血圧注意

 

 

4位:パージェタ 【22億ドル】

HER2受容体に結合するが結合部位がハーセプチンとは異なるので併用すると効果の上乗せが期待

 

 

5位:アクテムラ 【19億ドル】

関節リウマチとかで使われている抗IL-6薬、大阪大学の偉い先生と中外製薬が開発

 

 

売上トップ5薬の推移

[単位:100万スイスフラン]

リツキサンとアバスチンとハーセプチンのロシュを支えてきた抗体三本柱はもう特許が切れる。免疫チェックポイント阻害薬テセントリクを始め多彩なポートフォリオを有しているが上記3つを補うのは大変。

 

過去に開発した薬(買収した会社が開発した薬含む)
商品名 一般名 適応
アレセンサ アレクチニブ ALK陽性非小細胞肺がん
セルシン ジアゼパム 安定剤
セルセプト ミコフェノール酸モフェチル 免疫抑制剤
ゼルボラフ ベムラフェニブ 悪性黒色腫 BRAF遺伝子変異陽性に
ゼローダ カペシタビン 最終的にフルオロウラシルに代謝されるので副作用が少ない
ペガシス ペグインターフェロン アルファ-2a PEG化して長持ちにした製剤
ベンザリン ニトラゼパム 作用時間が長めの睡眠薬
マドパー レボドパ・ベンセラジド 足らないドパミンを補充するが吐き気がキツイ
ドルミカム ミタゾラム 胃カメラ時の鎮静や末期がん患者のセデーションにも使われる
リボトリール クロナゼパム 基本的にてんかん薬だがむずむず脚症候群とかにも
レキソタン ブロマゼパム マイナートランキライザーでは最高レベルの抗不安作用
レスミット メダゼパム 肩凝りにも効く
ロヒプノール フルニトラゼパム 犯罪防止のために青く着色された。昔は白い錠剤

 

ロシュが医療用医薬品世界一になれた理由

 

  • ビタミン剤の完全合成
  • 安定剤ベンゾジアゼピン系
  • ジェネンテックの買収

 

 

ビタミン剤の完全合成

 

 

ビタミンCは言うまでも無く人間にとって重要な物質。

抗酸化作用が証明されており活性酸素発生防止になる。肌のコラーゲンの生成にも使われる。
胃での鉄分吸収を還元力でピカピカにして吸収率を上昇させたりもする。

しかし人間は体内でビタミンCを生合成することができない。ビタミンCは大抵の動物が体内で合成できるのだが人間とサルはできない。犬はビタミンCを合成できる。

ビタミンCを摂取できないと壊血病になる。大航海時代に海賊が最も恐れたものは海軍でなく壊血病
船の上だとレモンやオレンジを食べられないからビタミンCが枯渇する。
なので海賊王を目指す人間はビタミンCを外部から摂取しないといけない。

そんな海賊王を目指す人間たちが待ち望んだビタミンC有機合成が成功したのは1933年
とっくの昔に海賊の時代は終わっていた

だが全人類に必要なビタミンCの商業化に成功を収めたロシュは大きな飛躍の足掛かりを得た。

 

 

ベンゾジアゼピン

 

それまでも安定剤や睡眠薬は存在していたがその多くは効果が強い反面副作用も激しく使い方や量を間違えると命に関わる薬が多かった、バルビツール酸系とか。

そんな中、呼吸抑制をそこまで引き起こさずにしっかり催眠作用や抗けいれん作用、抗不安作用や筋弛緩作用を持つ薬をスターンバック博士が開発した。

ユダヤ系移民であるスターンバック博士がアメリカに来る前にヨーロッパで研究していた染料の新素材の試料の一つにベンゾキサジアゼピンがありこの物質をシード化合物として化学修飾をして最初のベンゾジアゼピン系薬クロルジアゼポキシドが誕生した。

ベンゾジアゼピン系の薬が登場してもう半世紀以上となるが今でも一番処方されている安定剤
薬価も大幅に安くなりベンゾジアゼピンで大きな利益を出そうとする製薬会社は無いがロシュにとってはビタミンCに次ぐ大きな成功

 

 

 

ジェネンテック

 

このジェネンテックはそれまでアカデミックな分野だったバイオサイエンスが株式市場で成功したらこうなるという雛形を作った企業。

 

ロシュは2009年に468億ドルでジェネンテックを完全子会社化した。
2017年の売上TOP4の薬は全てこのジェネンテックが創成した

ジェネンテックは無毒化した大腸菌を用いて世界で初めてヒトのインスリンを開発した世界最先端の遺伝子組み換え技術を持つアメリカのバイオベンチャー

 

 

元々ロシュは遺伝子診断など分析事業に力を入れている会社でその分析技術とジェネンテックが持つ遺伝子組み換え技術という2つの組み合わせが最大限のシナジー効果を発揮している。

 

独り言

リツキサン、アバスチン、ハーセプチンが特許切れを迎えこれからはバイオシミラーが登場する。なのでここ数年ロシュの株価は低迷。

 

パージェタやアクテムラ、他にも良い薬は多数保有しているのだが上記3つの売上があまりにも大きすぎてその売り上げ減少分を補うのは難しい。

 

しかしバイオシミラーの場合売り上げに対する影響は低分子化合物の後発品登場の影響よりは小さいと予想する。シミラーという名前が示すように完全に同一の物質ではない。それにバイオシミラーの薬価は、日本だと先行品の7割が基本 場合によっては更に10%程度の上乗せが可能。高額療養費制度のある日本ではバイオシミラーであっても上限に達してしまい後から返金となるので自己負担は変わらない。これから癌治療で命かけて薬を使おうというときに2,3割安くなりますって宣伝してそこまで使う人が増えるか疑問。米国だと薬剤給付会社の動向次第か

まだバイオシミラーというモノが本格的に普及していないから先発品の減少幅を予想するのが難しい。

 

新薬に目を向けるとテセントリクが成功すればロシュの柱になるがメルクのキイトルーダやブリストルマイヤーズスクイブのオプジーボ、アストラゼネカのデュルバルマブ (IMFINZI)と強力なライバルがいる。比較的後発組のテセントリクが存在感を示していくには他の免疫チェックポイント阻害薬との違いや有効性をこれから更に探索していくしかない。

血友病製剤のヘムライブラは革新的な薬で大きな売り上げが期待されるが血友病の分野は進化の速度が速く更に良い薬が開発される可能性もある。安泰ではない。

 

しかしロシュは自社開発でも買収においても数十年先を見据えた戦略を取る
数年間の業績で右往左往するような会社ではない。

買収戦略だとロシュは売上規模拡大に主眼を置くファイザーや武田とは違い買収する時に相手の会社との関係や自社商品と買収先商品とのシナジー効果を重視する。傘下の中外製薬やジェネンテックもいきなり会社を丸ごと吸収するのではなくまずは筆頭株主となりじっくり関係性を深めていった。

そうして最終的に完全子会社したジェネンテックはロシュに大きな成果をもたらした。
中外製薬にしてもアクテムラなどロシュにとっては大きな成功。

 

これからの製薬会社が強化すべき領域は癌領域。
そして癌種それぞれにおいての特徴を高い分析診断技術を用いて研究開発を行いさらに臨床の現場でも患者さん一人ひとりの遺伝子診断を行い最も効果的な治療法を選んでいく時代になる。

 

その時に世界の最先端にいる企業がロシュ

 

【企業分析】 エフ・ホフマン・ラ・ロシュ:ジェネンテックと共に生きる” への2件のフィードバック

  1. はじめまして。
    いつもブログ更新楽しみにしています!

    思考回路が自分もかなり似たところあるんで、読んでて笑えるし共感しまくりです。
    ノート取らなくて、怒られてひどい成績付けられたとか、まったく一緒ですよー。
    学校の教師っぽい(規則とか常識が大好きな)人間は今でも大嫌いっす。
    自分の人生、自分で考えて決めたいですよね。

    リツキサン、懐かしいです。
    血液型不適合の移植前にも適用があるんですよね。
    自分は生体腎移植の経験者なんで、1回だけ注射しました。
    熱がブワーっと出て、抗がん剤マジやばいって思いましたよ。

    以前のブログでプログラフのことを書いて頂き、とっても感銘を受けました。
    自分は今も服用しておりまして、そのおかげで生き永らえらえているといっても大袈裟ではないくらいです。
    後発薬なんてとんでもないです!
    筑波山のカビから発見されたというのもドラマティックですよね。
    アステラスは永久保持株にしています。

    自分が株を始めたのは、アステラスに恩義を感じたからでもあります。
    海外の小規模な製薬会社はなかなか情報がなくって・・・と思っていたので、超わかりやすくて詳しいこのブログには、とっても感謝しております。
    バイオファーマは変動激しくてリスキーですけど、たとえ大損しても、その会社の薬で救われる患者がいるかも知れない、ちょっとでもその助けができているかも知れないと思えたらいい、本当にそう思います。

    おかげさまで、いろいろ詳しい情報を頂けるので、PTLAを100株買ってみました。血液サラサラ薬も飲んでますし。
    次は腎臓関係でExellixs社あたりを考えております。

    改めまして、ブログ更新また楽しみにしております。
    最後に、自分もアラガンとセルジーンでかなりやられた口です。最近ちょっと回復してきましたね。損切は絶対にしない、負けを認めたくないから。これも一緒です(笑)

  2. はじめまして

    プログラフは日本の製薬史に残る薬だと思います。日本というか世界的にみても。特許が切れても年2000億円売れるとか中々お目にかかれないです。
    臨床の場でプログラフがあると無いとでは大違いかと

    その様な重要な薬を日本人が日本で開発したなんて嬉しいですよね

    リツキサンも抗がん剤としてだけでなく広い適応症を持っていてシビアな状況の患者さんを数多く救った薬です。そういう大切な薬を作ってる会社だと思えば株価が下がってもじっと持ち続けられますね。

hechikan へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)