抗生物質が発見されるまで感染症は人類にとって致死的な病気だった。
黒死病(ペスト)は14世紀の欧州人口を3割減らし国を傾けほど甚大な被害を残した。しかし今となっては近所の内科で処方される薬で簡単に治療できる。
100年以上前における結核は肺癌より多くの人の命を奪った。結核の特効薬は抗生物質ストレプトマイシン。1943年にストレプトマイシンが発見されて結核治療の歴史が始まった。
1940年代、抗生物質の研究開発にブレークスルーが起こりペニシリン系始めたくさんの抗生物質が生産可能となり世界中の製薬会社が挙って抗生物質生産に取り掛かった。
その中の製薬会社の一つがファイザー。2018年現在、米国で最大の医療用医薬品製薬会社だがその頃はまだ会社の規模が小さく自社ブランドも無かった。そんなファイザーが抗生物質の成功により世界的な製薬会社へと飛翔する。
企業名:Pfizer
上場取引所:ニューヨーク証券取引所
ティッカー:PFE
創業:1849年
CEO:アルバート・ボーラ
従業員数:90,200人
本社拠点:ニューヨーク
売上:536億ドル
研究開発費:80億ドル
営業利益:122億ドル
純利益:213億ドル
株主配当:112億ドル
売上に対する研究開発費が他の世界的な製薬会社と比較すると低めとなっている。ファイザーは自社開発よりもM&Aで一気に新薬を手に入れて成長するスタイル。研究開発費と株主に対する配当が同じ規模
1849年:チャールズ・ファイザーとチャールズ・エアハルトがドイツから来てブルックリンに設立
最初の頃は駆虫薬サントニンなどを製造。苦くて有名なサントニンにフレーバーを加えて服用しやすくしヒット。
1862年:南北戦争勃発
鎮痛剤、防腐剤、消毒剤の需要が高まる。モルヒネ、クロロホルムといった痛みを和らげる薬を供給
1880年代:クエン酸の製造で儲ける。
コカ・コーラやペプシコーラのヒットでクエン酸の需要が高まる
1900年:Charles Pfizer&Company Inc.をニュージャージー州で設立
1917年:ジェームズ・カリー博士が入社
カリー博士は砂糖とパンのカビを使って発酵実験を行い少量のクエン酸を生産することに成功
さらにクエン酸を量産化する研究のためにファイザーに入社する。
1928年:アレクサンダー・フレミングによるペニシリンの発見
1929年:砂糖クエン酸転換法で政情不安な欧州から柑橘類を輸入する必要が無くなる
クエン酸の製法において深底タンク発酵のノウハウが後のペニシリン量産化に大きく寄与する。
(クエン酸)
1938年:ビタミンB2の生産を開始
(ビタミンB2成分のリボフラビン)
1942年:ジャスパー・ケインが深底タンク技術を利用してペニシリン生産を試みる
1944年:ノルマンディー上陸作戦
ノルマンディー上陸作戦の時、連合軍が携帯したペニシリンの9割をファイザーが製造
ペニシリンの大量生産によりファイザーは世界需要の半分を生産する。そして他の製薬会社もペニシリン生産を開始。すると供給が過剰になりペニシリン価格が暴落しファイザーは利益が出せなくなった。こうして医薬品の原材料を売るビジネスには見切りを付け、特許や商標権に守られた自社ブランドの開発に舵を切ることになる。
1950年:抗生物質テラマイシン(一般名:オキシテトラサイクリン)を発売する。
ファイザー初の自社ブランド抗生物質テラマイシン。地球上のあらゆる場所から試料を集めてスクリーニングし開発した抗生物質なのでテラ(地球)マイシン
ぺニシリンのときのように他の企業に技術を譲り渡すようなことはせず自分たちの製品として販売。それまでの10倍の広告費と医師にアプローチするMRも数千人単位で組織。その結果テラマイシンは商業的に大成功。
この抗生物質の成功を礎にファイザーは世界的製薬会社へと成長する。
1965年:降圧剤ミニプレス(一般名:プラゾシン)を開発
α1遮断薬で前立腺肥大症にも
1967年:抗生物質ビブラマイシン(一般名:ドキシサイクリン)を開発
1981年には2.5億ドルを売り上げる。
1980年:消炎鎮痛剤フェルデン(一般名:ピロキシカム)を開発
1986年:抗生物質ユナシン(一般名:スルタミシリン)開発
1990年:抗真菌薬ジフルカン(一般名:フルコナゾール)を発売
強力なCYP3A4阻害作用があるのでハルシオンは併用禁忌
1992年:抗生物質ジスロマック(一般名:アジスロマイシン)
1日1回2錠ずつを三日間服用して一週間の効果がある。同じマクロライド系抗生物質のクラリスとは違い併用禁忌が無く処方しやすい薬
降圧剤ノルバスク(一般名:アムロジピン)を開発
半減期が長く安定して降圧力を発揮するカルシウム拮抗薬。ニフェジピンと並びカルシウム拮抗薬の最高傑作の一つ。
抗うつ薬ゾロフト(一般名:セルトラリン)を開発
日本での販売名は「J」+ゾロフトでジェイゾロフト。同じSSRIのパキシルよりマイルドな薬効
1997年:ワーナーランパードとマーケティング提携して高脂血症治療薬リピトールを販売
最盛期には年間1兆円を超える売上
1999年:痛み止めセレコックスを発売(GD Searle&Co.が開発)
関節炎に良く効き整形外科でバンバン処方される。選択的COX2阻害なので胃荒れが少ないとMR談
2000年:ワーナーランパードを873億ドルで買収し超大型薬リピトールを手中に収める
保有ブランドのリカルデント、メントスはキャドバリーへ譲渡
2003年:ファルマシアを643億ドルで買収
元は1911年にストックホルムで設立されたスウェーデンの製薬会社
2005年:神経疼痛治療薬リリカを発売
眠気がきついが25mgの規格もあるので調節しながらの服用が可能。
2006年:抗悪性腫瘍剤スーテントを発売
癌細胞が栄養を取り込むために行う血管新生を阻害する
2009年:ワイス社を680億ドルで買収
抗生物質ミノマイシンや安定剤ワイパックス、高山病予防ダイアモックスはワイスの製品
2013年:動物医薬品部門ゾエティスがIPO
IPOしてから株価は3倍近く上昇し株主は大満足。イーライリリーのエランコはどうなるか
2015年:ホスピーラを170億ドルで買収
元々は2004年にアボットから病院製品部門としてスピンオフした会社。商品の滅菌注射製剤が欠品して売上に影響が出ている。この欠品は解消する予定で問題無し。
2016年:AnacorPharmaceuticals社を52億ドルで買収
新機序のアトピー性皮膚炎治療薬Eucrisaを手に入れる。
年間売上
買収を頻繁に繰り返しているのでさぞかし売上も成長しているのかと思ったらここ10年変化は無い。リピトールの後継薬トルセトラピブが開発失敗したのが痛かった。成功していたら売り上げが50億ドルは上乗せになっていたかもしれない。
営業利益
リーマンショックの2008年でも利益に影響は出ていない。
純利益
事業の売却で一時的に純利益が膨らむことがあるが継続的な事業の純利益は概ね100億ドル以下
1位:プレベナー13 【56.0億ドル】
肺炎球菌ワクチン、子供にも高齢者にも
2位:リリカ 【45.1億ドル】
神経疼痛に効く痛み止め、帯状疱疹後の痛みにも
3位:イブランス 【31.2億ドル】
乳がん治療薬:世界初のCDK4/6阻害薬
4位:エリキュース 【25.2億ドル】
血液サラサラ薬:ブリストルマイヤーズスクイブとの共同開発
5位:エンブレル【24.5億ドル】
リウマチ治療薬:既にバイオシミラーが存在しており売上は下降中
リピトールの特許切れによる影響をカバーしていたリリカもそろそろ特許が切れる。
その代わりにイブランスとエリキュースがこれからの柱として育っていく予定。エンブレルは生物学的医薬品なので低分子化合物のように特許切れで売り上げが崖落ちの如く落ちることは無いと思うがジリジリ退場していく。
これまでファイザーの事業は大きく2つに分かれていた。
Innovative HealthとEssential Health
Innovative Healthは革新的な新薬
Essential Healthは特許が切れたけどスタンダードに医療現場で使われている薬
Innovative Health | Essential Health |
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この2つの仕分けをファイザーは3つに分けようと計画している。
Innovative Medicines | Established Medicines | Consumer Healthcare |
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一般用医薬品事業部門を作るのは恐らくこの部門の売却やIPOを考えているからだと思われる。GSKなどが買い手に上がっていたが買収話はいったん流れた。しかしいつかはファイザー本体から離れていく部門。その時にできるだけスムーズに分離できるようにしておこうという流れ。
バイオシミラーは後発品だが製造難易度が高く利幅も普通の後発品と比較すると高い。なのでInnovative Medicinesに昇格されている。既にロシュのハーセプチンバイオシミラーやジョンソンエンドジョンソンのレミケードバイオシミラーは承認されており順調。
既にFDAの承認を受けた抗がん剤
- イブランス
- イクスタンジ
- ボシュリフ
- ベスポンサ
- ザーコリ
- インライタ
- スーテント
イブランスは既にファイザーの年間売上でも3位と順調に成長している。ライバル薬としてNovartis のKisqaliやEli LillyのVerranceioが存在するが最終的には年間50億ドルを狙える薬。イクスタンジは前立腺癌の治療薬だがこれまでは適応範囲が限定されていた。しかし非転移性前立腺癌の治療で米国と欧州の承認を得てこれから大きく成長していくはず。日本でも去勢抵抗性前立腺がん患者すべてに使える。
ザーコリ、インライタ、スーテントはドンドン他の会社からより効果的な薬が販売されているので売上は落ちていく。
開発中の抗がん剤
- ダコミチニブ:第2世代EGFR阻害薬でイレッサと比較して癌の発症リスクを41%削減
- ロラチニブ:次世代ALK/ROS1チロシンキナーゼ阻害薬でブレークスルーセラピーの指定
- タラゾパリブ:PARP阻害剤、二段階で抗ガン作用を発揮するのでこれまでのPARP阻害薬より効果的
一般名 | 効果 |
ダコミチニブ | 第2世代EGFR阻害薬でイレッサと比較して癌の発症リスクを41%削減 |
ロラチニブ | 次世代ALK/ROS1チロシンキナーゼ阻害薬でブレークスルーセラピーの指定 |
タラゾパリブ | PARP阻害剤、二段階で抗ガン作用を発揮するのでこれまでのPARP阻害薬より効果的 |
肺がん治療分野はまだまだ満足できる状態ではない。より良い抗がん剤が必要。ダコミチニブが対象とするEGFR変異陽性NSCLCは全米肺がん患者の1割を占める。アストラゼネカのイレッサが毎年5億ドル売れていることを考えたら市場規模は大きい。
ロラチニブが対象とするALK変異陽性の場合は使われる薬が限られ効果が無かった場合に選択肢がほぼ無かった。ALK変異陽性肺癌治療の新しい選択として期待される。
タラゾパリブはBRCA遺伝子変異を有する進行したHER2陰性乳がん患者が対象で標準治療と比較してORRは二倍以上、作用点が2つあるので一つの薬で2つの異なる作用機序を有しているような薬
商品名 | 一般名 | |
アタラックス | ヒドロキシジン | 痒みと精神を落ち着かせる一石二鳥な薬 |
アメパロモ | パロモマイシン | 腸管アメーバ症の標準治療薬で昔は細菌性赤痢等にも |
アモキサン | アモキサピン | 速効性の三環系抗うつ剤で抗コリン作用が少ない |
アルダクトンA | スピロノラクトン | カリウム保持性があるのでループ利尿薬とよく併用 |
アロマシン | エキセメスタン | 抗女性ホルモン剤で乳がん治療薬 |
アーテン | トリヘキシフェニジル | 震えを抑える抗パーキンソン病 |
イフェクサー | ベンラファキシン | SNRIで日本発売は2015年だが米国では1993年発売 |
インライタ | アキシチニブ | VEGFという癌増殖スイッチを邪魔する腎がん治療薬 |
カバサール | カベルゴリン | パーキンソン病やむずむず脚症候群、一部の不妊症にも |
カルデナリン | ドキサゾシン | 血管α1を遮断して血圧を下げるが最近は使用頻度が低下 |
ガバペン | ガバペンチン | 抗てんかん薬でむずむず脚症候群にも、構造がリリカと似ている |
キサラタン | ラタノプロスト | 冷蔵庫で保存する緑内障治療の目薬 |
サイトテック | ミソプロストール | ロキソニンの使い過ぎによる胃潰瘍とかに使う胃薬 |
ザーコリ | クリゾチニブ | ALK融合遺伝子陽性の非小細胞肺癌だがアレセンサのが効果的 |
スーテント | スニチニブ | 腎癌治療薬でエクセリクシスのカボザンチニブのライバル |
セララ | エプレレノン | アルドステロン受容体に選択性が高い利尿剤 |
ゼルヤンツ | トファシチニブ | ヒュミラに匹敵する効果を持つ経口のJAK阻害薬 |
ソラナックス | アルプラゾラム | 武田薬品工業と共同開発した精神安定剤 |
ダイアコート | ジフロラゾン酢酸エステル | 最強クラスのステロイド外用薬 |
チャンピックス | バレニクリン | 禁煙 |
トビエース | フェソテロジン | 過活動膀胱治療薬 |
ノルバスク | アムロジピン | 強さのニフェジピン、安定のアムロジピン |
ハルシオン | トリアゾラム | 不死鳥の名を冠する睡眠薬 |
ビビアント | バゼドキシフェン | ワイス社が開発した骨粗しょう症治療薬 |
ビンダケル | タファミジスメグルミン | TTR-FAPの進行抑制 |
フェルデン | ピロキシカム | 昔よく使われていた痛み止め |
ブイフェンド | ボリコナゾール | 食後に服用すると吸収率が落ちる抗真菌剤 |
プレマリン | 結合型エストロゲン | 地味に毎年10億ドル近く売れるホルモン剤 |
ベスポンサ | イノツズマブ・オゾガマイシン | CD22を標的とする抗体薬物複合体 |
ボシュリフ | ボスチニブ | 慢性骨髄性白血病治療薬のセカンドライン |
ミグシス | ロメリジン | 鐘紡が発見してファイザーと共同開発した頭痛薬 |
ミニプレス | プラゾシン | 降圧剤だが反射反応として心拍数が上昇する |
ミノマイシン | ミノサイクリン | 8歳以下に使うと歯の着色が出る可能性がある抗生剤 |
ユナシン | スルバクタムNa・アンピシリンNa | ペニシリン系抗生剤、内服と注射がある |
リウマトレックス | メトトレキサート | リウマチ治療のスタンダード薬 |
レルパックス | エレトリプタン | トリプタン系片頭痛治療薬 |
ロイコボリン | ホリナートCa | リウマトレックスを使い過ぎた時に |
ワイパックス | ロラゼパム | 中時間作用型のマイルドな安定剤 |
ペニシリンを始めとする抗生物質で製薬会社は人類の医学発展に大きく貢献した。100年前だとちょっとの傷が原因で感染症となり命を落としていたのが抗生物質を服用するだけで何事も無かったかのように生活できる。抗生物質は人類の進化の結晶。
1929年にフレミング先生がペニシリンを発見してまだ100年も経っていないが感染症治療において人類は沢山の強力な武器を手にしている。
それに対して人類が負け続けている病気がある。
悪性腫瘍
悪性腫瘍のメカニズムは複雑で現時点でもまだまだ解明されていない事が山ほどある。昔の抗がん剤治療といえば毒に近い物質を薬として使い細胞全部を攻撃するしかなかった。副作用も強烈で薬によって命を落とすのも日常茶飯事。
2000年頃にようやくがん細胞だけを狙い撃ちできる薬が完成した。ノバルティスの慢性骨髄性白血病治療薬グリベックやアストラゼネカのイレッサ。2つとも特定のタンパクを標的に狙いを定めピンポイントで攻撃する。それまでの抗がん剤とは一線を画す成果を出せた。
さらにここ数年は免疫チェックポイント阻害薬という更に一段効果を上乗せできる可能性がある治療法も登場し抗がん剤治療の進化は加速している。
しかしまだまだ癌の克服という人類の夢には程遠い現状がある。おそらく癌治療は抗生物質の様な夢の治療薬は存在せずそれまでの最善の薬を少しずつ上回る薬を作り続けていくしかないと思う。
ファイザーの製品ポートフォリオはこれから癌と戦う布陣とやる気に満ちている。現状治療できなくて困っている患者のために薬を開発するのが製薬会社の存在意義。買収での成長が有名になり自社開発力が無いと批判されることもあるファイザーだが人類を救う抗生物質から始まり抗がん剤の開発に挑戦して成果を出しているファイザーは投資する価値がある会社