爺さん婆さんになると耳が遠くなる。
歳だから仕方ないと諦める人が多いがれっきとした病気である。加齢による難聴は感音難聴の一種。
耳は外から
外耳
中耳
内耳
と分けられる。
外耳や中耳に問題があって耳が聞こえない場合は伝音難聴
内耳以降に問題があって音が聞こえない場合は感音難聴
小さい子供がよくなる中耳炎は伝音難聴で手術をすれば改善することにもある。しかしさらに内部の感音難聴は治療が難しい
2019年現在、薬物治療によって感音難聴が治るということはない。
日本の厚生労働省やアメリカのFDAで感音難聴を治す薬は一つも承認されていない。
つまり治らない
一度感音難聴になってしまったら元には戻らない。
難聴は様々なリスクファクターがある
全ての人に共通している加齢もその一つなので誰にでも感音難聴になるリスクがある。
一般的に聴力は40歳から徐々に衰えて75歳以上ではかなりの人達が難聴となる。
そんな難しい難聴治療薬を開発しているのがFrequency Therapeutics
業名:Frequency Therapeutics
上場取引所:NASDAQ
ティッカー:FREQ
創業:2014年
CEO:David L. Lucchino
本社拠点:ボストン
Frequencyは「周波数」という意味
音(振動)を中枢へ伝える機能がある有毛細胞。その有毛細胞が何らかの原因で抜け落ちて減ってしまい音をうまく脳に伝えられなくなってしまう事で起こる。
有毛細胞には外有毛細胞と内有毛細胞のがあるが合計すると約15000本ほどの有毛細胞が健常人の場合存在する。
。
その有毛細胞が加齢やストレス、騒音など様々な理由で抜けてしまう。
年を取るとハゲるのと同じように有毛細胞も抜けてしまう。
ハゲが治らないように有毛細胞も抜けてしまうと治らない。
この有毛細胞は他の動物、例えば鳥は一旦抜けてしまっても再生する
しかし人間は再生しない
現在難聴に対する有効なアプローチは主に2つ
補聴器か人工内耳
補聴器
米国では難聴と診断された人の約3割が補聴器を使用している。
しかし視力が悪い人がメガネを使うように聴力が悪い人が補聴器を使うのは当たり前の事なのだが障害があるというスティグマで見られる。補聴器を見えなくするために髪を長くしたりする人もいる。
患者さん本人でないと分からない苦労も多々あると思われる。
補聴器はノイズが大きく騒音が多い環境ではスイッチをオフにしていたり煩わしい。
そして補聴器はメンテナンスが必要で5年ぐらいで交換する必要がある。基本的に自費で払うから経済的な負担が大きいなど色々な不具合がある。
人工内耳
人工内耳という言葉を聞くと健常な耳と同じように作動するのかと思うが別物。
1万以上ある有毛細胞と比べると拾える音は遥かに少ない。そして機械的に合成された音なので使うためには訓練が必要となる。
補聴器も人工内耳も人間が元から持っている有毛細胞の性能にはまだまだ及ばない。
人間の体内で最も再生能力が高い器官はどこか?
それは腸である。
なぜ腸がそんな活発に細胞を再生できるのか調べていたマサチューセッツ工科大学のロバート・S・ランガー教授とハーバード大学医学部のジェフリー・カープ教授がとあるタンパクが発見する。
LGR5
このタンパクは幹細胞という色々なものに変身する能力をもつ細胞に現れている。
そしてこのタンパクの前駆細胞が内耳にもある。眠ったままの状態で
なら内耳で眠っている状態のLGR5を目覚めさせると有毛細胞が再び再生するかもしれない
と言う仮説の上に開発が進められているのがFX 322という治験薬
では具体的にどうやって眠っている再生力があるタンパクを目覚めさせるのか?
そこで登場するのはヒストン脱アセチル化酵素阻害薬
ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬の作用機序 |
DNAはデオキシリボ核酸なのでマイナスに帯電しておりそこにくっついているヒストンは塩基性アミノ酸を多く含むのでプラスに帯電している。
そんな静電気的な力によりDNAとヒストンはくっついている。
くっついたままでは転写因子がDNAに結合しにくいからDNAとヒストンの絡みを解かなくてはいけない。
ヒストンをアセチル化するとDNAとヒストンの静電気的な結合が緩む、そして緩んだDNAをもとに新たなタンパクが作られる。
つまりヒストン脱アセチル化酵素というのはタンパク合成を促進する。
FX-332に入っている物質はこのヒストン脱アセチル化酵素阻害薬。
同じ作用機序を有するイストダックスという抗がん剤は既に米国や日本でも承認されている(がん抑制遺伝子を促進するので
バルプロ酸ナトリウムというメジャーな薬もFX-322に含まれている。
バルプロ酸ナトリウムというのは「デパケン」や「セレニカ」という商品名として販売されておりてんかん発作予防薬や片頭痛予防薬として大活躍している薬であり勿論FDA から承認されている物質である。
このバルプロ酸ナトリウムもヒストン脱アセチル化酵素阻害を有しているのでFX-322に含まれている。
さらに細胞増殖に関与するWnt経路を活性化するGSK3阻害薬も入っている
それらユニークな薬理作用を有する薬の混合体であるFX-322は製剤としても工夫されている。
FX-322は室内にある時は液体だが暖かい耳の中に入るとゲル化する。
一般的な物質は温度が高いと液体で温度が低いと固体となるがFX-322は逆に体温で固まりやすくなるという面白い性質を持った物質
一部の目薬でも実用化されており点眼後に目で液体がゲル化されてより目に長く留まる。
このポリマーゲルもFDAから承認されており安全な物質である。
試験デザイン | |
症例数 | 23人 |
対象 | 軽症から中程度の難聴患者 |
年齢層 | 33歳から64歳 |
振り分け | fX-322:偽薬=15人:8人 |
投与回数 | 単回 |
フォローアップ | 15日、30日、60日、90日目 |
試験結果 | |
忍容性 | 重篤な有害事象は観察されず、治療関連の有害事象はすべて軽度で手技関連であり投与後数分以内に解消 |
有効性 | 中等度症状のFX-322患者のうち4人が90日目に8000Hzで10dBの閾値改善を示した |
聞き取れた単語数の相対増減率 | |
改善は2週間で急速に見られそれ以降は緩やかに改善している |
FX-322は非臨床試験でもアミノグリコシド系抗生物質で有毛細胞を8割以上障害処理したマウス蝸牛細胞をほぼ復元している。
上記の良好な試験結果を受けてさらに試験規模を拡大したphaseⅡ試験を2019年Q4に開始する予定となっている。
次の試験では単回投与と複数回投与の比較を行う。
フェーズ2a臨床試験 | |
症例数 | 96人(予定) |
対象 | 純音聴力測定によって測定された平均範囲26〜70 dBの患者 |
年齢層 | 18〜65歳 |
期間 | 7か月 |
エンドポイント | 純音聴力検査[250〜8000 Hzの範囲] |
割り振り | |
グループ1 | FX-322を1回注射、プラセボを3回注射 |
グループ2 | FX-322を2回注射、プラセボを2回注射 |
グループ3 | FX-322を4回注射 |
グループ4 | プラセボを4回注射 |
2020年後半に↑の試験のトップラインデータが報告予定となっているので期待して結果を待とう。
日本のアステラス製薬はこのFrequency Therapeuticsに投資している。
- アステラスは、8,000万ドルの前払い金を支払う
- 開発マイルストーンとして最大5.45億ドルを受け取る可能性
- 米国外での開発・商品化の権利をアステラス製薬が保有
- 将来の製品販売に対するロイヤリティは2桁%
もしFX-322が製品化されたとしたら日本ではアステラス製薬から販売されることになる。
しかしアステラス製薬は既に時価総額3兆円と大きな製薬会社。このFX-322が成功したとしても株価が跳ね上がることは無い。そう考えるともうすぐ新規株式公開するFrequency Therapeuticsに投資した方が面白みがある。
FREQという株の完璧なプレゼンといえる、素晴らしい記事ですね。
来週IPOですか。買いはしないと思いますが、値動きはぜひ追っていきたいという強い興味がわきました。どうもありがとうございます。
耳の薬といえば、EARSというそのものズバリ過ぎるティッカーシンボルのAuris Medicalが思い出されます。
時々めちゃくちゃな急騰を見せていた印象があったんですけど、今見たら典型的な残念バイオの値動きになっているようでした。
恐らく、またさらに株式併合しないとすぐに上場が保てなくなるぐらいの苦境のようですね。
耳に限らず新薬開発は本当に難しそうですが、FREQがブレイクスルーを起こしてくれること、ぜひ期待したいです。
耳と目は医療レベルが最近ようやく細胞レベルにまで近づいてきたので楽しみにしています。
投資として考えると極めてハイリスクですが^^
ユニークなアプローチは調べていて楽しいです