ねんがんの 薩摩切子をてにいれたぞ!

 

 

時は江戸後期。

欧州列強が日本にやってくる激動の時代

 

薩摩切子というものは薩摩の殿様である島津斉興が薬を保存したり試薬研究に用いるガラス器具を製造させたのが始まり。殿様が島津斉彬に代わると紅色ガラスを研究させ成功。海外に売って外貨を得たり、他藩の大名に外交の手土産として贈呈し薩摩藩の技術力を内外に見せつけた

 

切子は江戸切子が先発で薩摩切子は後発組らしいが薩摩切子には江戸切子に無い重厚感がある。

 

 

自分は以前に鹿児島をフラフラ旅していたら島津家の別邸なる観光地に寄る機会があった。

仙巌園といったか。

 

鹿児島駅から車ですぐにある庭園で島津家所有らしい。その領地の中にガラス細工を作っている工房があった。職人さんが手作業で一つ一つガラスを作っていて見学する事もできた。

 

完成品が傍の店に展示されていていた。

 

ただのガラスのコップだろと見る前は思っていたが全く違うものだとすぐに分かった。

 

 

これはいいものだ

 

 

その場で買おうかと思ったが手持ちのお金も不安だったしガラスを持って帰るのも壊しそうで不安だったので鑑賞のみにその場は抑えた。

 

様々な薩摩切子があり目移りして物凄い勢いで買ってしまいそうになっているのが自分でも解ったのでいったん思考をフラットにするためその日は帰宅してそれでも欲しかったら買おうと

 

その日はそのあと仙巌園で桜島を眺めながらご飯を食べてホテルへ行きその日の鹿児島市内観光は終わった。

 

次の日は桜島にフェリーで渡り桜島見物

 

 

山頂までは活火山なので行くことが出来ない。たまに噴火してるしね

途中にある湯之平展望所まではバスで行くことができる

 

山の中腹でも鹿児島市内を一望できる

 

ふもとにある公園の足湯に入ったりで気持ちよかった。

鹿児島湾を眺めながら入る足湯は最高。世知辛い俗世の事は全て忘れられる。船が多数行き来しており潜水艦もいた。

 

 

「丿貫」という自分のペンネームの中の人も晩年は薩摩で暮らしていたようだがそうしたくなるのも解る。鹿児島は気候も穏やかで過ごしやすくいつかは移住するのも良いかもしれない。

 

そうこう思いながら鹿児島を後にして帰宅。

 

 

 

 

 

そうして暫く薩摩切子のことは忘れていたのだがなぜかネットをいていると薩摩切子のページにたどり着き忘れかけていた物欲が擡げる。画像でも綺麗だが実際に見るともっとキレイ、そして実物を手に入れて感触を楽しみたいと思い購入に至る。

 

木箱と一緒に紐が入っている何に使うかわからない。

 

紐は置いといて覆いを外してついに薩摩切子を手にする。

 

 

 

 

 

 

 

小さい器だが手になじむ重厚感。

深い藍色。

なぜかねじれている下の部分も良い。

 

ガラステーブルの上に置くと逆さ富士ならぬ逆さ切子

薩摩切子と言えば斉彬が諸大名に自慢しまくったという紅色だがこの藍色も良い。

 

これで酒を飲むと美味そう。

自分は酒飲めないが

 

 

2 comments on ねんがんの 薩摩切子をてにいれたぞ!

  1. コツコツお金を貯めて買いましょう。
    他にも色違いのがあるので欲しくなってしまいました。

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